士業コラム
退職者が貸与品を返さないとき給与は保留できる?中小企業の対応と精算の注意点

退職者が貸与品を返さないとき給与は保留できる?中小企業の対応と精算の注意点

「退職した社員からパソコンが返ってこない」「制服や鍵を返すまで、最後の給与を払わなくてもよいのか」。退職時の貸与品の回収は、担当者が少ない中小企業では経営者自身が対応することもある問題です。

会社の物を返してもらう必要があっても、それを理由に、既に働いた分の給与を一方的に保留することはできません。貸与品の返却と給与の支払いをそれぞれ進めることが、問題を広げないための基本です。この記事では、退職日が確定している場合を中心に、返却依頼の進め方と最後の給与を精算する際の注意点を解説します。

貸与品が戻らなくても、給与の支払義務は残ります

労働基準法第24条は、賃金を原則として全額支払うことを定めています。会社が貸したパソコン、携帯電話、制服、鍵などが未返却でも、既に発生している賃金の支払いを、返却のための条件にすることは避けなければなりません。

例えば、最後の給与が20万円で、未返却のパソコンを会社が10万円と評価した場合でも、その10万円を当然に差し引けるわけではありません。「返却しないなら給与から引く」と通知しただけで、控除が認められるものでもありません。

税金や社会保険料など、法令に基づく控除は別に確認します。一方、未返却品の代金や損害額を会社が一方的に決めて控除することは、これらの通常の控除とは異なります。就業規則や貸与時の誓約書に記載があることだけを理由に、自由に相殺できると考えないようにしましょう。

本人が「給与から引いてよい」と述べた場合も、金額と根拠に争いがないか、本人の自由な意思に基づくものかなど、慎重な確認が必要です。署名をもらえば必ず有効になるという扱いはせず、判断に迷う場合は控除前に相談してください。

最初の連絡では、返す物と返し方を具体的に伝えます

返却を求める前に、会社の貸与記録と、既に返された物を照合します。パソコン本体だけでなく、充電器、社員証、入館カード、鍵、書類などを確認し、誰が受け取ったかも調べましょう。別の上司に返却済みなのに、未返却として請求してしまうことを防ぎます。

返却依頼は、「貸した物を全部返してください」だけで終えず、品名、管理番号、付属品、返却先、担当者、期限を明示します。退職者が遠方にいる、療養中で来社が難しいなどの事情があれば、郵送や配送も含め、実行できる方法を相談します。

送料をどちらが負担するか、精密機器をどう梱包するかも先に決めると、返却が止まる理由を減らせます。返送伝票を同封する方法や、追跡できる配送方法の利用も検討できます。送料等の負担を会社が当然に本人へ転嫁できるとは限らないため、貸与時の取り決めも確認します。

例えば、「ノートパソコン1台と充電器を、○月○日までに総務担当宛てに返送してください。返送が難しい場合は、○日までにご事情と返却可能日をご連絡ください」と伝える方法があります。期限は、配送に要する日数や本人の事情を踏まえて設定します。

連絡日時、送った内容、本人の回答、配送状況を記録します。窓口を一人にまとめると、経営者と担当者が異なる説明をすることも防げます。返却後は受領日と品物の状態を確認し、未返却の一覧を更新しましょう。

最後の給与は、通常の支払日だけで判断しません

退職者から賃金の支払いを請求された場合、労働基準法第23条により、原則として請求から7日以内に支払う必要があります。「会社は月末締め・翌月25日払いだから」と、通常の給与日まで当然に待ってもらえるわけではありません。

一方、退職したら請求の有無を問わず、すべての給与を必ず7日以内に支払うという意味でもありません。請求がない場合も、通常の支払日を守って精算します。請求が届いたら、受けた日、請求内容、回答した内容を記録し、担当者と支払期限を共有してください。

賃金額に争いがある場合も、異議のない部分は、この7日以内に支払う必要があります。例えば、基本給部分に争いはなく、残業時間の一部だけ確認が必要なら、その確認を理由に給与全体の支払いを止めないようにします。

ここでいう争いは、賃金等そのものに関するものです。パソコンが返ってこないことを理由に、「会社と本人で争いがあるので給与は払わない」と広く捉えることはできません。

給与担当者は、最終出勤日と退職日、勤怠、有給休暇、手当、法定控除を確認します。有給休暇を取得してから退職する場合、最終出勤日より後も雇用が続いていることがあります。貸与品を最後に使った日だけで、給与や保険の処理に用いる退職日を決めないようにしましょう。

当事務所では、給与・賞与計算の代行と、退職に伴う社会保険・労働保険の届出を取り扱っています。返却のやり取りとは別に、給与の確認や各種届出の手続きをご希望の場合は、退職日や支払請求の状況を添えて、ご依頼の範囲についてお気軽にご相談ください。

紛失や破損が判明しても、購入代金をそのまま請求できるとは限りません

本人から「なくした」「壊れている」と連絡があった場合は、いつ、どこで、どのような状況で起きたのかを確認します。貸与時の状態、使用期間、管理方法、本人の説明、会社の指示などを整理し、未返却なのか、紛失・破損なのかを区別します。

業務で使う物が破損したからといって、その購入代金の全額を当然に従業員へ負担させられるわけではありません。本人の責任の有無や程度、会社側の管理状況、実際の損害など、個別の事情を踏まえた判断が必要です。古い機器なのに、新品の購入価格をそのまま損害額とすることにも注意が必要です。

また、労働基準法第16条は、労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定したりする契約を禁止しています。「退職時に制服を返さなければ一律5万円」などの定めは、名目だけで判断せず、内容を確認しなければなりません。

この規定は、実際に生じた損害について、適法な範囲で請求することまで一律に禁止するものではありません。ただし、損害賠償を請求できるかという問題と、それを給与から控除できるかという問題は別です。本人が責任や金額を争っている場合は、給与計算の中で解決しようとせず、弁護士への相談を検討しましょう。

返却を待つ間も、情報と鍵の管理を進めましょう

パソコンや携帯電話の未返却では、物品の回収に加えて、会社の情報を守る対応も必要です。退職日と業務上の必要性を踏まえ、会社が管理するアカウントや入館権限を確認し、利用停止や権限変更を進めます。退職前で業務が残っている場合は、引継ぎに支障が出ない時期も考慮します。

ただし、会社の機器だからといって、本人の私的なアカウントやデータを無制限に閲覧・削除してよいわけではありません。遠隔操作や初期化は、会社の規程、管理権限、データ保全への影響を確認し、必要に応じてシステム管理者や専門家へ相談してください。

鍵の未返却では、返却を待つだけで足りるか、施設の管理者と検討します。顧客情報や個人情報の持出しが疑われる場合も、単なる貸与品の回収として処理せず、社内の責任者へ速やかに共有します。返却の連絡と並行して、会社側で行える管理を進めることが大切です。

給与を止める前に、返却記録と社内ルールを確認しましょう

返却対象が明確で、本人と連絡が取れ、返送の予定も決まっている場合は、社内で回収と給与精算を進められることもあります。一方、返却と給与支払いを交換条件にしたい、弁償額を控除したい、本人と責任や金額が食い違う場合は、処理を決める前に相談しましょう。

相談時には、貸与品の一覧と受領書、就業規則・賃金規程、雇用契約書、退職日が分かる資料、勤怠記録、本人との連絡履歴を用意します。給与の支払請求を受けている場合は、その日付も伝えてください。資料がそろわないときも、分かっていることと不明な点を分けて共有できます。

当事務所は、人事・労務全般の相談と、就業規則の作成・変更に対応し、労務相談のみの契約も可能です。給与計算は社内で行いながら、退職時の説明や規程の運用を相談したい場合も、必要な支援をご提供できます。具体的な支援範囲と費用は、ご相談ください。

豊島区の中小企業で貸与品の未返却に困っている経営者の方は、まず、返してもらう物と給与の支払期限を別々に整理してみましょう。今回の回収を進めるとともに、貸与時の記録、退職時の返却案内、給与担当者との連絡方法を整えることが、次の退職時の行き違いを減らすことにつながります。

本記事は、公開日時点の法令・制度および関連情報に基づいて作成しています。
法令改正等により内容が変更される場合があります。
個別にご相談につきましては、城田社会保険労務士事務所までお問い合わせください。

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