士業コラム
社員から給与のデジタル払いを希望されたら?会社の対応と導入手続き

社員から給与のデジタル払いを希望されたら?会社の対応と導入手続き

「給与をスマートフォンの決済サービスで受け取れませんか」。社員からこう尋ねられたとき、会社は希望どおりに変更しなければならないのでしょうか。

給与のデジタル払いは制度として認められていますが、社員が希望すれば直ちに利用できるものではありません。導入するかどうかの判断と、導入するときの労使協定や本人同意などを分けて考える必要があります。中小企業の経営者が確認したい事項を、実務の順番に沿って説明します。

社員が希望しても会社は直ちに導入する義務があるわけではない

給与のデジタル払いとは

給与のデジタル払いとは、厚生労働大臣の指定を受けた資金移動業者の口座へ、賃金を支払う方法です。銀行口座への振込とは異なり、決済や送金に利用するサービスの口座が受取先になります。制度上認められているのは指定業者による方法であり、任意の電子マネー、ポイント、暗号資産で給与を支払ってよいという意味ではありません。

賃金は通貨払いが原則ですが、一定の要件の下で銀行口座への振込や指定資金移動業者の口座への支払いが認められています。デジタル払いは従来の方法に加わった選択肢であり、すべての会社が導入しなければならない制度ではありません。

社員から申し出があったときの最初の返答

まだ制度を導入していない会社では、社員の希望を聞いたうえで、対応できるか社内で検討すると伝えるのが適切です。その場で「来月から使える」と約束するのは避けましょう。導入には労使協定の締結や対象サービスの選定、給与計算・振込実務の確認が必要だからです。

一方、社員が希望したこと自体を問題視したり、説明せずに不利益な扱いをしたりする必要もありません。希望する受取方法、金額、利用したいサービスを確認し、会社の判断と制度上の条件を整理しましょう。

導入前に確認する3つの条件

1.厚生労働大臣の指定を受けた業者か

会社が取り扱えるのは、厚生労働大臣が指定した資金移動業者のサービスです。知名度の高い決済アプリでも、通常の送金機能と給与受取専用サービスは同じとは限りません。指定状況や対象サービス、利用条件は厚生労働省の最新一覧で確認してください。

指定資金移動業者のサービスごとに、受入上限額や口座登録の方法などが異なります。給与の全額をデジタル払いにする前提で話を進めず、希望額と上限の関係も確かめます。

2.事業場で労使協定を締結しているか

導入には、事業場の過半数労働組合、ない場合は労働者の過半数代表者との労使協定が必要です。協定では、対象労働者の範囲、対象賃金の範囲と金額、取り扱う指定資金移動業者、開始時期などを定めます。

社長と希望者が個別に合意するだけでは、労使協定の代わりにはなりません。就業規則や給与規程に支払方法を定めている場合は、規程の見直しが必要かも確認します。過半数代表者の選出方法も適切に行うことが重要です。

3.希望する社員本人の自由な同意があるか

労使協定を結んだだけで、社員の給与を一律にデジタル払いへ変更することはできません。会社は対象社員に必要な事項を説明し、個別の同意を得る必要があります。社員には現金払い、預貯金口座への振込など、ほかの選択肢も示します。

同意書には、デジタル払いで受け取る賃金の範囲と金額、指定業者のサービス名と口座情報、支払開始希望時期、指定代替口座の情報などを記載します。社員が銀行振込を選び続けることもでき、デジタル払いを強制してはいけません。

会社が導入を決めた場合の進め方

希望内容を把握し、経理・給与計算の対応を確認する

まず、希望する社員が何人いるか、どのサービスを使いたいか、給与の一部だけを受け取りたいのかを確認します。例えば、月給30万円の社員が「毎月5万円だけデジタル払いにしたい」と希望するケースも考えられます。

会社側では、給与計算ソフトの対応、振込データの作成方法、手数料、支払日の処理、口座情報の管理を確認します。指定業者によって実務手順が異なるため、通常の銀行振込と同じ作業で済むと考えないことが大切です。

労使協定・規程・説明書類を整える

取り扱う指定業者と対象範囲が決まったら、労使協定を整えます。あわせて就業規則や給与規程との整合性を点検し、必要に応じて改定します。社員向けには、利用条件、受取可能額、変更手続き、トラブル時の連絡先を整理した説明資料を準備するとよいでしょう。

協定と規程の整備は別の問題です。協定を締結したから規程改定が不要と決めつけず、現在の記載内容に照らして判断します。

個別同意とサービス利用手続きを済ませる

社員に制度を説明し、希望者から個別の同意を取得します。その後、指定業者の案内に従って必要な利用申請や口座登録を進めます。支払開始月は、会社と社員の双方で確認してください。初回支払前には、登録情報や支払額に誤りがないかを照合します。

支払日の直前に申し出を受けた場合、準備が間に合わないこともあります。会社が導入を決めたとしても、手続きが整うまでは従来の適法な支払方法を継続し、開始時期を明確に案内することが必要です。

運用開始後に起こりやすい注意点

受入上限額を超える場合の扱い

指定業者の口座には受入上限額が設定されています。超過時の自動送金などの仕組みはサービスによって異なるため、会社が独自に金額を推測して処理してはいけません。社員が登録する指定代替口座の役割も、事前に説明しておきましょう。

社員が銀行振込へ戻したいと言った場合

デジタル払いを選んだ社員も、その後に銀行振込などへ受取方法を変更できます。会社は変更希望の受付窓口や締切日、変更後の開始時期をあらかじめ決めておくと、給与支払時の混乱を抑えられます。締切日は、賃金支払義務を確実に果たせる実務上の設定としてください。

業者の指定取消しやサービス変更があった場合

指定業者の指定が取り消された場合などには、対象社員に確認し、別の適法な支払方法へ切り替える対応が必要です。制度導入時だけでなく、指定状況やサービス内容の変更を継続して確認する担当者を決めておきましょう。

社労士へ相談する前に整理しておきたい資料

社員1人の希望であっても、導入するなら事業場の労使協定と本人同意の両方が必要です。会社が導入を見送る場合には、希望を受けた事実と判断理由を整理し、社員に誤解のないよう説明しましょう。導入を検討する場合は、現在の就業規則・給与規程、賃金の支払方法、希望する社員数、希望サービスと金額、給与計算の運用方法を確認しておくと検討が進みます。

制度の要件を満たしていても、給与計算の仕組みや事業場の規程によって必要な準備は異なります。労使協定の内容、過半数代表者の選出、規程改定、個別同意の取得方法に迷うときは、社会保険労務士に相談することが有用です。城田社会保険労務士事務所では、中小企業の労務管理や就業規則作成を取り扱っています。給与の支払方法を見直す際も、現行の運用を確認しながら検討することが大切です。

本記事は、公開日時点の法令・制度および関連情報に基づいて作成しています。
法令改正等により内容が変更される場合があります。
個別にご相談につきましては、城田社会保険労務士事務所までお問い合わせください。

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